遠く離れて思うこと

遠くでしばらく過ごすと、ほんとうの自分が見えてくることがある。
それはいつも「欲求」という形で現れる。
ぼくの場合・・だが。
会社を創業したきかっけはアメリカのヨセミテの山の中だった。
クライミングの実力と将来に悶々とした結果、ぼくはこれからの自分が
どうなっていきたいのか、あの山の中で自分自身に問答した。
遠く、日本での自分の将来の有様を想像した。
ぼくは社会と、なんらかの形で繋がる必要を感じた。
それは必要というより、欲求・・・といったほうが正しいかもしれない。

ぼくはバレー(渓谷)の中のゴミ箱から拾った新聞に、今でこそ知らない人のいない
ビルゲイツの記事を見つけた。
パソコンなどない時代、でも「Computer」のその文字の先にぼくのチャンスを感じた・・・。

オアフの乾いた空気の中、毎晩ぼくは隣接するカピオラニ公園を散歩する。
そして、その時間、ぼくは日本での仕事のことを考える。
ゆっくりと歩きながら、考える。
今回のこの旅、すべて忘れてリラックス・・・などという気持ちではなく、確実になにかを
形にするつもりで、ここにいる。

遠く離れているから、思うことがある。
あのヨセミテから始まったときのような状態に、今ぼくはなっていると感じる。

深夜12時、月がダイアモンドヘッドに昇った。
今日も「思考の散歩」にでかけよう・・・・。
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by pridm | 2007-10-01 19:20 | おはようブログ  

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