バイリンガルの「心」

友人の子供たちは純粋の日本人ですが、オアフでは現地の学校へ
通います。
もちろん日本人の友達もいるけれど、多くは「アメリカ人」
もちろん言葉は英語です。
しかしながら家庭では日本語。
彼らはすでに「バイリンガル」です。

友人の家族と過ごした時間。
もちろん、ぼくは彼らに日本語で話をします。
彼らはぼくと話すときは「日本語」
でも子供同士で話すとき、7割日本語、3割英語・・・のような割合です。
ワワー!ってはもりあがっていくと、なんか自然に英語。
英語に日本語で答えたり、その逆だったり・・・。
不自然ですが、なんか自然です。
いったい「心」のうちは英語なのか日本語なのか・・・。
聞いてみると「わかんなーい!」
なるほど、無意識ね・・・・・。

言葉の「壁」は大きい。
今は、韓国や中国でも英語教育がしっかりしていて、多くの大学生は
普通に会話が可能と聞きます。
もちろん、インドなんかは英語は「普通」です。
日本は・・・・相変わらずの英語教育・・・・。

友人の子供たちがうらやましい。
せめて、自分の子供には「壁」なんて思わせたくないなぁ。
「壁」がなければ、活躍する舞台は「世界」です。
仕事の選択の範囲もまた、「世界」ですから。
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by pridm | 2006-06-21 19:47 | おはようブログ  

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